幼児期の矯正治療

乳児、幼児の時期に矯正装置を使用した矯正治療を行うことはあまりありません。しかし、矯正装置を使わずに歯並びが悪くなるのを予防する、または軽度に抑えるための大切なポイントがあるのです。

不正咬合は、“遺伝よりも生活習慣による影響の方が大きい”ということをご存知でしたか?

今回は矯正治療でもほとんど注目されることのない、乳歯列期の育成について年齢ごとに、歯の萌え換わりの時期とどのようなことに気をつければ歯並びと顎を正しく成長させられるのか、という視点から診た食育アドバイスをまとめてみました。

哺乳期(0~4か月頃)

食育 ―母乳の飲ませ方―

授乳の際に口で深く乳房をくわえさせるようにしましょう。浅くしかくわえていないと、舌が正しい動きを習得できなくなる結果、受け口になってしまったり、歯が萌えるのに十分な大きさまで顎の骨が成長できずに歯並びが悪くなる原因となります。

離乳食開始期(5~6か月頃)

食育 ―離乳食の食べさせ方―

離乳の開始時期として推奨されている生後5~6か月というのは、下顎の乳歯の前歯が萌える時期です。離乳の時期には唇での食物の取り込み、唇を閉じた状態での嚥下(えんげ)、食物の舌や歯ぐきでの押し潰し、咀嚼(そしゃく)のための基本的な動きが獲得されます。そのまま飲み込めるペースト状の食物から、舌で潰せる程度の硬さの食物を選んで離乳を進めて行きます。

おしゃぶり、指しゃぶり、おもちゃをなめることは、唇の感覚と舌の機能を発達させるために必要なので、清潔で安全な物を与えるようにしましょう。

この時期には歯並びや顎の成長に悪い影響を与える癖を発生させないための、重要なチェックポイントがあります。

ポイント1 スプーンを口腔内に押し込んでいないか、ストロー、スパウトで飲み物を飲ませていないか
離乳食を食べさせる時は、スプーンを下唇に置いて、赤ちゃんが自ら上唇ではさんで食べるまで待つようにしなければなりません。スプーンを口腔内に押し込んで離乳食を置いてくるように食べさせてしまったり、ストロー、スパウトを使用していると、正しい摂食(せっしょく)・嚥下(えんげ)の機能を習得することができず、低位舌(ていいぜつ)、口唇閉鎖不全(こうしんへいさふぜん)、口呼吸(こうこきゅう)といった歯並びや顎の成長に悪い影響を与える癖を発生させることになり、受け口や歯が萌えるのに十分な大きさまで顎の骨が成長できずに歯並びが悪くなる原因になることがあります。
ポイント2 飲み物で流し込みをしない様に、一口ずつ食物だけで嚥下できる量を食べさせ、嚥下を確認してから次の一口に進んでいるか
飲み物で食物を流し込む様にして飲み込んでいると、異常嚥下癖(いじょうえんげへき)という飲食物を飲み込む時に舌が前歯を後ろから押してしまう癖になり上下の前歯が咬み合わなくなる開咬(かいこう)、受け口など歯並び・噛み合わせの異常の原因になることがあります。

下顎の乳歯の前歯が萌えきる時期(7~8か月頃)

食育 ―離乳食の硬さと大きさ―

指で軽く潰せる柔らかさ、舌で押し潰し、嚥下できるもの。
正しく嚥下できる一口量。

ポイント1 適度な柔らかさの離乳食を与えているか
離乳食が硬過ぎたり一口量が大き過ぎたりすると、舌や歯ぐきを使った食物の磨り潰し運動を行うことができずに、丸呑みや水分による流し込み食べになり、異常嚥下癖など歯並びが悪くなる癖を発現させ、歯並びだけでなく顎の成長に悪影響を与える原因になることがあります。食事中は両足の裏が床か足置きについた状態で正面を向いた状態の正しい姿勢で座らせ、唇を閉じさせて嚥下させる様に指導する。
ポイント2 悪習癖(歯並びの異常に繋がる悪い癖)、唇を咬む癖や口呼吸が出現していないか
口を閉じさせ、鼻呼吸をうながす必要もあります。おしゃぶりを与えて自然と口を閉じさせて、鼻呼吸をうながすのも良いと言われています。

食育 ―上下の乳歯の前歯が萌える時期に合わせた離乳食選び―

目安としては指で強めの力で潰せる柔らかさ、それが奥歯が萌えていない歯ぐきで押しつぶして咀嚼できる程度と言われています。乳歯の前歯が上下揃ったら、少し大きめの食物を前歯で切断する練習を行い、正しい咀嚼運動を育む様に指導する。

ポイント1 口を開け閉めする運動を学ぶ時期
上下の乳歯の前歯が萌えることで、初めて上下の歯同士が咬み合わさることができ、口を開け閉めする運動の正確な位置が決まり始めます。この時期に悪習癖があり上下の乳歯の前歯に前後的なずれができて咬み合わさらなくなると、顎が深く咬み込むために、将来6歳臼歯が萌えて来る時に上下の6歳臼歯が上下的なスペース不足で十分な高さまで萌えるまでにぶつかってしまう萌出障害(ほうしゅつしょうがい)が起こり、それ以降もさらに前歯の噛み合わせが深くなる過蓋咬合(かがいこうごう)が悪化する可能性が高くなります。
ポイント2 離乳食の硬さと大きさの評価
離乳食が硬過ぎたり、大き過ぎたりすると、正しい咀嚼嚥下運動を習得できなくなる可能性があります。上下の乳歯の前歯の萌出に合わせた離乳食を選んで、唇を閉じて咀嚼嚥下できているか、確認する様に指導しましょう。

乳歯の奥歯が萌える時期(1~2歳頃)

食育 ―食べることに興味を持たせる―

乳歯の奥歯が萌えたら、指で力を入れて潰せる程度の硬さを目安とした、奥歯で噛みつぶせる食物を与え、奥歯を使った咀嚼を覚えさせて行きます。上下の乳歯の奥歯が咬み合う1歳半頃に、離乳は完了することが多いです。しかし硬い食物、線維性の食物、弾力のある食物は、まだ咀嚼できず、丸呑みや水分による流し込み食べの原因になるため、控えましょう。十分な咀嚼をしないで、丸呑み流し込み食べが習慣になってしまうと、咀嚼嚥下時の正しい舌の運動ができなくなり、異常嚥下癖が発現し、口呼吸、歯並びの異常、ひいては顎がずれて成長してしまう原因になる可能性があります。正しい咀嚼嚥下の習慣を付けるために、楽しい雰囲気の中で食事をするようにして、適度に咀嚼しやすく手づかみで自ら口に運びやすい程度の大きさの食物を選ぶことで、食べることに興味を持たせましょう。

ポイント1 食事中に唇を閉じているか
食事中に唇を閉じていないと、低位舌(ていいぜつ)と呼ばれる舌が下の前歯を押す癖になり、さらに異常嚥下癖、口呼吸の原因になります。飲み物で流し込みをしない様に、食事中は基本的にあまり飲み物を与えないようにしましょう。食物の一口量にも気を付け、咀嚼して嚥下できる量を手づかみで食べさせ、嚥下を確認してから次の一口に進んでいるか確認しましょう。
ポイント2 左右どちらか片方で咬む偏咀嚼(へんそしゃく)になっていないか
左右の顎の筋肉がバランス良く運動しているか確認しましょう。偏咀嚼の習慣があると、片側の顎の筋肉が発達して顎の骨が横に引っ張られるため、正面から見た時の顔の形が非対称になっていく可能性があります。
ポイント3 姿勢良く座った状態で食べているか
正面を向いて体幹を安定させて、姿勢良く座った状態で食事ができるように、成長に合わせたテーブル、椅子、足台を用意しましょう。

乳歯が全て萌え揃う時期(2~3歳頃)

食事中以外も日常的に唇を閉じ、鼻呼吸することを意識させましょう。上下左右とも乳歯の2本目の奥歯が萌え揃って、乳歯の歯並びが完成する2歳半から3歳頃には、食物の大きさや硬さに対応して、咬む力や咀嚼回数を調節することを学習し、咀嚼の周期はリズミカルになります。

この時期には、成人に近い咀嚼運動が可能になり、味付けは別として食物の硬さや大きさに限って言えば、家族と同様な食事を食べられるようになってきます。ですから、噛みごたえのある食材を徐々に取り入れて、十分に咀嚼する習慣を習得して行くことが重要です。

食育 ―幼児の1日は3食の食事が柱―

ポイント1 スナック菓子やジュース等のショ糖の甘味はまだ与えないようにしましょう
虫歯のリスクが高まるだけでなく、食前に甘味を食べることで主食を食べる意欲が低下し、3食の食事のバランスが崩れる可能性が高くなります。
ポイント2 食物を前歯で咬み切り奥歯で磨り潰すという、正しい咀嚼の仕方を指導しましょう
食物を前歯だけで咬み続ける前咬みの癖があると、受け口の原因になる可能性があります。偏咀嚼や異常嚥下癖など悪習癖が発現していないかを日々確認しましょう。
ポイント3 食事中に限らず日常的に唇を閉じているか確認しましょう
もし鼻の病気が原因で口を閉じられず、口呼吸になっている可能性があれば、早急に耳鼻咽喉科に通院して治療を受けましょう。
ポイント4 床または足置きに両足を付け、正面を向いて姿勢良く座って食べているか
姿勢が悪い状態や横を向いた状態で咀嚼していると、偏咀嚼など悪習癖が発現し、歯並びの異常の原因となる可能性があります。

以上の様に、乳幼児の食育が、歯と顎の成長に非常に重要であるということを理解していただけたかと思います。

乳歯の奥歯が萌え、奥歯で食物を磨り潰す咀嚼運動の習得が始まると、幼児にも成人と同じ嚥下の形が身に付いてきます。乳児の時期に吸い付き運動をしていた舌や頬の筋肉は、成長に伴って乳児特有の本能的な機能を忘れて、解放されることにより、繊細で複雑な会話や表情を表わす役割を習得し始めます。嚥下の形が幼児形から成人形に変化する時期は、乳歯が萌える時期の間で数か月以上に渡ります。つまりこの時期に、歯並びの異常により咬み合わせがずれて、上下の前歯が正しく咬み合っていないと、正しい舌の運動、正しい顎や口の周りの筋肉の運動が備わらず、ひいては正しい嚥下運動が備わらないまま成長が進んでしまい、歯並びの異常、顎の成長の異常の原因になり、さらに食物を正しく咀嚼することもできなくなるという悪循環に陥ってしまうのです。

3歳以降も、歯と顎の健康的な成長を保つには、食育を含めた正しい生活習慣、正しい摂食嚥下と、個人差にも寄りますがこの時期からのマイオブレースなどの矯正器具を用いての悪習癖の防止を徹底するということが必要です。そのためには、かかりつけ歯科医師を通して正しい情報を学び、子供と保護者が主体的に日常生活を見直して行くことが大切なのです。その結果、子供の虫歯、歯肉炎、歯周病、歯並びの異常の予防に止まらず、将来的には成人の生活習慣病の予防、健康寿命を伸ばすということにも繋がると考えられるのではないでしょうか。

参考文献

  • 日本小児歯科学会:日本人小児における乳歯・永久歯の萌出時期に関する調査研究,小児歯科学雑誌,26(1):1-18,1988.
  • 山口秀晴,大野粛英,佐々木洋,Zickefoose,W.E.and Zickefoose,J.:口腔筋機能療 法(MFT)の臨床.東京,1988,若葉出版,22-25.
  • 布村幸彦:「生きる力」をはぐくむ学校での歯・口の健康づくり.2011,文部科学省.
  • 赤ちゃんのための口腔育成アドバイス.2016,愛知県歯科医師会
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